みなさんこんにちは!株式会社Dai広報のあちきばいけです。
開発部コラボ企画の続編!今回は前回の三叉路さんに続き、同じく開発部のMassiさんをお迎えしてインタビューを行いました!
三叉路さんからいただいたお題である「日本とこれまで住んできた国々との比較」、そして「バーテンダー時代のエピソード」を中心に、Massiさんの歩みをリアルな語り口でお届けします!
🌏 1. チェコからロンドン、オーストラリア、カナダへ。世界を渡り歩いた日々
広報あちきばいけMassiさんこんにちは。よろしくお願いします。
前回頂いてるお題がですね、三叉路さんから「日本とこれまで住んできた国々との比較」、日本はこうだね、日本以外はこうだねっていう話ですね。
いいところも悪いところも聴かせてもらえたらありがたいなというところと、「バーテンダー時代のエピソード」を聞きたいということなんで、じゃあまずは日本と他の住んでいた場所の比較から行きましょうか。
今までどんなところにお住まいになられたんですか?



よろしくお願いします!私はチェコ出身で、19歳で高校を卒業するまでチェコに住んでいました。大学に入る前に海外での生活を体験したくて、18歳の時に1ヶ月ほどサマーキャンプでロンドンに滞在したんです。それがすごく面白くて、高校卒業後はもっと遠い国に行きたいと思うようになりました。
そこで選んだのがオーストラリアです。最初、1年間は語学留学(学生ビザ)で滞在しました。



1年の留学の後はどうされたんですか?



1年の留学が終わった後、一度チェコの実家に帰って3〜4週間ほど過ごしました。
でも、チェコの大学に入るのではなく「やっぱりもう一回オーストラリアに行きたい!」と思って、オーストラリアの専門学校(カレッジ)に入り直し、3年半ほどのマネジメント資格(ディプロマ)コースに通ったんです。オーストラリアでの滞在は、自分の性格や価値観が大きく変わるほど素晴らしい経験になりましたね。
バーテンダーを初めてスタートしたのはオーストラリアでした。
その後、ビザの満期に伴い、今の妻と一緒にワーキングホリデーでカナダへ渡ることにしました。



オーストラリアとカナダでは、環境や雰囲気にどんな違いがありましたか?



天気が全く違いましたね!シドニーは一年を通して暖かかったですが、カナダは冬になるとマイナス34度の日が2週間続くこともあるほど極寒でした(笑)。でも、山が近くてハイキングなどの自然を楽しめるのが魅力的でしたね。



カナダにはどれくらい滞在されたんですか?



カナダには1年ほど滞在しました。その後、次のビザが出るまでの3ヶ月ほど、一度チェコに戻って滞在しました。その間に妻と一緒にイタリア、フランス、ドイツ、クロアチアなどヨーロッパを旅しました。
チェコ帰国を経て日本へ。日本生活7〜8年のリアル



カナダから一度チェコに戻られてヨーロッパ旅行を挟み、それから日本へ渡られたわけですね。今、日本に住んでどれくらいになりますか?



当時23〜24歳くらいで、妻が日本人ということもあって日本で暮らすことを選びました。今でちょうど7年、8年近くになりますね。
今年ついに日本の永住権(永住ビザ)も取ることができました!ビザの変更手続きはいろいろ大変でしたけど、ぴったりタイミング良く取れてよかったです。



おめでとうございます!7〜8年住んでみて、日本語の手続きや生活はどうですか?行政や市役所の手続きを奥さんに助けてもらったり?



役所の手続きとかは全部妻がやってくれていて、本当にめちゃくちゃありがたいです!日本語はまだまだ勉強不足なんですけど、子どもが3人生まれてからは時間がなくて……これからはもっと勉強しないとですね(笑)。
チェコや他の国と比べると、日本のマイナスポイントは道が狭くて車の運転が難しいこと、それと市役所や銀行の手続きに時間がかかり、紙が多いことです。オーストラリアなら銀行口座もオンラインで簡単に作れたので、そこは少し大変でした。



確かに日本の金融や行政の手続きは複雑ですからね。逆に「日本が一番!」と思う部分や、家族・子育ての面はどうですか?



食べ物は圧倒的に「ナンバーワン」です!お寿司はヘルシーですし、ラーメンも和牛も最高です。
それと「人のチームワークと助け合い」ですね。英語で“It takes a village to raise a child(子ども一人を育てるには村全体の力が必要だ)”という言葉がありますが、日本にはまさにその文化があります。子どもを連れて出かけた時も、周りの人が嫌な顔をせずあたたかく見守って助けてくれる。これは本当に素晴らしいです。
ただ、子育て支援や若者家族へのサポート面で言えば母国のチェコの方の手厚さもありますし、日本では子どもが18歳になると二重国籍(パスポート)を選択しなければいけない課題もあります。
完璧な国というのはないので、お互いの良いところ・難しいところのバランスですね。
未経験で「経験3年ある」と嘘をついて飛び込んだバーテンダー時代



ここからは、オーストラリアでスタートしたバーテンダー時代のお話を聞かせてください!そもそも、なぜバーテンダーになろうと思ったんですか?



実は、めちゃくちゃ破天荒なスタートだったんです(笑)。
オーストラリアに来る前、私にはバーテンダーの経験が全くありませんでした。自分の庭でビールを注いだことがあるくらいです。でも、オーストラリアでお金も必要だったし、お酒が好きだったので「バーテンダーをやってみよう!」と思い、面接に行きました。
その面接で「経験が2〜3年あります」と嘘をついてしまったんです(笑)。



未経験なのに「経験者です」と言ってしまったんですね(笑)。



採用担当(スロバキア人のマネージャー)が「じゃあやってみなよ」と採用してくれたのですが……当然、現場に入ったら何もできず、たった5分で嘘がバレました(笑)。
2週間ほど働いたところで「もう辞めてくれ」と言われてしまったのですが、私はそのお店もスタッフも大好きになっていたので、僕はただ単純に、彼(スロバキア人のマネージャー)が僕に与えてくれた機会への感謝を伝えました。
そこで働くのがどれだけ楽しかったか、心から大切に思える職場をやっと見つけられたと思っていたこと、そしてそれがうまく行かずに終わってしまってどれほど悔しく残念に思っているかを伝えました。
メッセージの中ではゼネラルマネージャー(GM)のことについても触れたんだ(彼はすごく厳しくて、筋の通った正直な人だった)。
『時には本当にウザい(扱いづらい)オヤジに思えることもあったけど、彼の元で働くのは楽しかったし、彼からたくさんのことを学びました』っていう感じで伝えたんです。
そして最後に、彼とスタッフ全員の幸運を祈って締めくくりました。そうしたら、私は再雇用されることになりました。
それがなぜかと言うと、そのスロバキア人のマネージャーがGMに僕のメッセージを見せたからでした。
メッセージの中でGMの悪口(愚痴)を書いたにもかかわらず、GMはそのメッセージをすごく気に入ってくれたんです。
その日の夜遅く、GM本人から直接電話がかかってきて『メッセージ読んだよ。君にもう一度チャンスをあげたい』と言ってくれたので、僕は喜んでそれを受け入れました。
結局、彼とはすごく親しい友人になって、後にはそのGMの結婚式にまで招待されたんです。今でも時々連絡を取り合う仲です。



すごく良い話ですねー。



そこから猛勉強してスキルを身につけ、約6ヶ月後にヘッドバーテンダーになり、それからに9ヶ月後にバーマネージャー、それから約1年後にフロアのアシスタントマネージャーになりました
2年後には、月曜日と火曜日の夜のシフトだけレストラン・バー全体のマネジメントを任されるまでになったんです。150人以上の客が来た日も何度かありました。



未経験の嘘からスタートして、2年で大型店舗のマネージャーまで行ったのは面白いですね。



シドニーのダーリンハーバーに面した高級店で、週末は毎晩超満員の中、最高のサービスを提供することにやりがいを感じていました。
その後のカナダでもバーテンダーとして働き、オーストラリアで培った演出やオリジナルカクテルを振る舞って多くのお客さんに喜んでもらいました。
🍳 4. 面白いキャリア。バーテンダーから料理人、そして独学でDaiのエンジニアへ!



来日されてからも、そのままバーテンダーを続けられたのですか?



来日当初はバーテンダーの仕事を探したのですが、当時はまだ日本語があまり話せず、英語だけでは採用が難しくて一度諦めました。
チェコに帰国した際も少しバーで働いたのですが、労働環境があまり良くなくて、日本で本格的に方向転換することにしたんです。
そこで、日本語の壁が比較的少ない「料理人」の仕事に就きました。給食センターみたいな感じで、オフィス向けのお弁当などの料理を作る仕事を4〜5年ほど担当しました。
ただ、夏場は厨房が非常に暑く、過酷な環境でした(笑)。



そこからどのようにしてエンジニアへ転身し、Daiへ参画されたのでしょうか?



もともと子供の頃からパソコンに触れるのが好きで、ITへの興味はずっと持っていました。エンジニアの友人からアドバイスを受けながら、約2年間独学(セルフスタディ)でプログラミングの勉強を続けたんです。
そして約2年前、ご縁があって株式会社Daiにエンジニアとして参画することになりました。



料理人として働きながら2年間独学され、Daiへの入社を果たされたんですね。
もし日本でバーテンダーの仕事が見つかっていたらエンジニアになっていなかったかもしれないと思うと、素晴らしい巡り合わせですね!



本当にそう思います!バーテンダーの経験や海外での思い出は一生の宝物ですが、家族ができた今のライフステージでは、夜型の仕事よりも今の働き方がベストだと感じています。Daiに入れて本当に良かったです。
実は今、近くに新築の家を建てる計画を進めていて、自宅の中に小さな「プライベートミニバー」を作ろうと思っているんです。



ご自宅にミニバー!完成したらぜひお邪魔させてください!Massiさん、本日は素晴らしいお話をありがとうございました!
🎁 次回メンバー、Vevnarさんへのテーマ決定!



さて、Massiさん。次はVevnarさんへのインタビューです。Massiさんにテーマをお伺いしたいんですが、どうしましょうか?



テーマとしては、聞いてみたいことが2つあります。
「もし一生、一国の料理しか食べられないとしたら、どこの国の料理を選びますか?」
というテーマと
「アメリカの教育を受けて経験したことの中で、最高だったことと最悪だったことは何ですか?」
というテーマをお願いしたいと思います。



良いと思います!2つのテーマで行ってみましょう!Vevnarさんに確認してやってみます!では、本日はありがとうございました。また、何かあればよろしくお願いします。



よろしくお願いします。ありがとうございました。
📝 まとめ
三叉路さんに続く開発部コラボ対談の第4弾。
海外での挑戦、未経験から飛び込んだバーテンダー時代、一時帰国や料理人時代を経て、独学でエンジニアへと転身したMassiさん。
「フルリモート×自律」を掲げるDaiには、こうした多様なバックグラウンドと強い情熱を持ったメンバーが揃っています。今後も個性的で魅力的なメンバーの素顔をお届けしていきますので、次回、Vevnarさんへのインタビューもお楽しみに!
以上、広報のあちきばいけでした!





